社会人6年目です。新卒入社した会社を1年で退職。現在は転職した会社で働いています。あと、YouTubeに動画投稿してます。
しのみや りょんをフォローする

彼と彼女は利用し合う❺ 最終話「放恣の果て」

SS(ショートストーリー)

※この物語はフィックションです。実在する団体・人物とは関係ありません

❹の続きです

彼と彼女は利用し合う❹ 「恢復」
※この物語はフィックションです。実在する団体・人物とは関係ありません前回❸の続きです『じゃあさ、遊びに行こうよ』カナからのその一文に、思わず笑ってしまった。慰めの言葉も、同情のスタンプも...

「もうやばい、締め切りが鬼すぎる!」

カフェの机に突っ伏したカナの声は、店内のジャズBGMよりも元気に響いていた。

「また同人誌?」

ホットココアを啜りながら俺が聞くと、カナは顔だけこっちに向ける。

「そう。即売会まであと3週間しかないのに、まだ下書きが半分。残り40ページ。徹夜コースだよ……」

「徹夜なんてしたら余計に線ガタガタになんじゃない?」

「うるさいなぁ。わかってるけどさ、描きたいものが頭から溢れて止まんないんだよ」

そう言って、カナはリュックから液晶タブレットを取り出し、見せてきた。

キャラクターの表情、ポーズ、コマ割り、細かい衣装のデザイン。どれも素人目に見ても上手い。

「相変わらずすごいな。」

素直に口から出た言葉に、カナはちょっと照れたように口を尖らせた。

カナの描く漫画は今までにいくつか見たことがあるが、本当に絵が上手く、そしてシナリオも凄かった。

「でしょ? 私、こういうとこだけは真面目なんだから。大学の単位はギリギリだけど」

彼女はいつも強気でからかってくるけど、こうして好きなことを語るときは不思議と子どもっぽく見える。

そのギャップがなんだか面白くて、俺はただ頷きながらココアを飲んだ。

〇〇

「あのさ、一緒にゲーム作ってみないか?」

「ゲーム?」

カナが目を丸くして顔を上げる。

「ほら、いわゆるノベルゲーム。絵はカナが描いて、俺がシナリオを書く。BGMとか効果音はフリー素材もあるし」

「……はぁーん、なるほどねぇ」

カナはニヤリと笑った。「おもしろいじゃん」というような顔。

「確かに私の絵、使い回せるし。漫画よりページ管理も楽かも。……ってか、あんたシナリオなんて書けんの?」

「一応、ギャルゲーは色々やったことあるし、アニメの脚本っぽいノリなら。あと妄想力にも自信ある」

「はい、出ました。さすが妄想族」

その日は軽口を叩く程度で、いつものように駄弁って解散した。

〇〇

数日後、俺はカナにシナリオのプロットを書いたノートを差し出した。

「ちょっと読んでみてよ」

「はいはい。どうせ中二病全開なんでしょ」

カナはニヤニヤしながら読み始めた。が、数分後にはその表情が真剣なものに変わっていた。

「……え、なにこれ。めっちゃ面白いんだけど」

「マジで?」

「うん。キャラ同士の掛け合いが自然で、テンポもいい。ストーリーも引き込まれる。私の好きなアニメ脚本みたい。……てか、これ本当にあんたが書いたの?」

呆れたように笑いながらも、カナの目は輝いていた。

「うわぁ、ちょっと燃えてきたわ。キャラデザ考えさせて!」

そう言って、スケッチブックを取り出すと、ペンを走らせ始めた。

「加子ちゃんは、こんな感じの子で……ほら!」

あっという間に可愛らしいヒロインが紙の上に立ち上がる。

※イメージ画像

「早っ!しかも、良い…!」

「こういうの得意なんだよ。シナリオ面白いと、勝手に頭に絵が浮かんでくる」

カナは完全にノリノリだった。この前まで「締め切りがー」って嘆いていたのが嘘みたいに。

その姿を見て、俺はちょっと誇らしい気持ちになった。

「……なんか、本当に作れるかもな」

「当たり前でしょ。やるからには完成させるんだよ!」

そう言うカナの顔は、妙に楽しげでドヤっていた。

〇〇

シナリオを見せてカナが目を輝かせるたび、俺は嬉しくて舞い上がった。

でも俺は勘違いしていたんだ。きっと、ずっと前から

――カナなら何を言っても許してくれる。

――どんな無茶や無礼でも、笑って受け流してくれる。

そんな風に思い込んでいた。

俺は甘えていた。

“カナだから”という理由で、敬意を忘れていた。

親しさにあぐらをかいて、無神経な態度を正当化してきた。

彼女に振られたときも、無意識に「カナなら聞いてくれる」と思って呼び出した。それもクリスマスイブに。

寂しさを埋めるために、カナを利用したのだ

寒空の下、待ち合わせ場所に現れたカナは、息を白くしながらも笑って言った。

「よし、じゃあ夜ご飯食べに行こう。せっかくだし、ちょっと豪華なのでも――」

その言葉を遮るように、俺は言った。

「……いや、いいや。夜ご飯は行かない」

自分で呼び出したくせに。

彼女の気遣いを、俺は乱雑に投げ捨てた。

カナの笑顔が、一瞬だけ固まった気がした。少し胸が痛んだ気がするが、自分でも何をしたいのかよくわからない。

そして小さく肩をすくめて「そっか」と呟いた。

その声は、いつもの軽口でも強がりでもなかった。ただの諦めだった。

今になって思う。

あのとき、カナは俺を励まそうとしてくれていた。

もしかしたら、俺のことを特別に思ってくれていたのかもしれない。

でも俺は、その気持ちを踏みにじった。

理由なんてない。

泣き言も愚痴も、彼女は嫌な顔ひとつせず受け止めてくれた。

だから俺は勘違いした。――カナなら、無条件に、なんでも受け入れてくれるって。

〇〇

ゲーム作りを始めて、数ヶ月後。大学卒業を控え、カナが一人暮らしを始めると聞いたとき、俺は我が物顔で言った。

「いいじゃん!じゃあさ、そこを秘密基地にしようぜ。原稿もゲーム制作も、そこでやればいい。いつから一人暮らし始めんの?」

自分勝手で、デリカシーもない一言。

その瞬間、カナの表情が固まった。

当然だ。そもそも俺たちは付き合ってるわけでもないし。まして就職のために一人暮らしを始めるのに。

「……あんた、ほんと無神経だね」

短く吐き捨てられたその言葉は、いつもの冗談混じりの軽口じゃなかった。

喧嘩することは今までにも何度かあった。小さいことから大きいものまで。俺が間違ったことをしようとした時には、カナは俺を見捨てずに正面から怒ってくれた。

けど、それらとこれは少し違う。

〇〇

カナはしばらくしてから、LINEでメッセージを送ってきた。

『ごめん。一緒に始めたことなのに無責任で申し訳ないけど、もうついていけない。ゲームは他の人と作ってください』

何度も読み返したけど、返す言葉が見つからなかった。

文章は淡々としていたけど、そこに込められた決意ははっきりしていた。冗談でも強がりでもない、本気の距離の取り方だった。

カナに甘え続けた俺の身勝手さが、最後に突きつけられたんだ。

そうして、俺たちの関係は終わった。

静かに、けれど確かに。

カナとのトーク画面を閉じたあと、胸の奥に広がったのは、怒りでも悲しみでもなかった。

ただ、ぽっかりと穴が空いたような虚しさだけ。

思えば、カナと過ごした時間は、俺にとって「逃げ場」だったのかもしれない。

放課後に寄るカフェも、終電間際のカラオケも、アニメを語り合った日々も。

けれど、その安心に溺れて、俺は大事なことを忘れていた。

――彼女もまた一人の人間で、俺と同じように悩み、考え、生きているということを。

もう取り戻せない。

メッセージを送っても返事は来なかった。

ゲームの続きを語り合う日々も、もうない。

カナの存在が俺の中から消えたわけじゃない。

けれど、それはもう「過去」としてしか存在しない。

――虚しい。

ただ、その一言に尽きた。

END

タイトルとURLをコピーしました