※この物語はフィックションです。実在する団体・人物とは関係ありません
前回❸の続きです

『じゃあさ、遊びに行こうよ』
カナからのその一文に、思わず笑ってしまった。
慰めの言葉も、同情のスタンプもない。ただのいつも通りの誘い。
その軽さが、やけに心に沁みた。
週末、久しぶりに会ったカナは相変わらずだった。
「おー、久しぶり。顔つき暗ぇぞ。失恋の傷跡バレバレ」
そう言って笑いながら、俺の肩を軽く小突いてくる。
その仕草が、どれだけ俺を安心させたか。
ファストフード店でポテトをつまみながら、カナは相変わらずアニメの話を止めない。
「来期の新作さ、絶対チェックしとけよ。私、原作から追ってたから布教するからな」
「……はいはい、布教活動ご苦労さま」
他愛もない会話のはずなのに、気づけば笑っていた。
この2ヶ月間、笑うときですらどこかで顔色を窺っていたことを思い出して、少し切なくなった。
帰り道、駅のホームで電車を待ちながら、ふと口が勝手に動いた。
「カナってさ、ほんと便利だな」
「は? 便利って何よ」
不満げに睨んでくる視線を避けながら、それでも言葉を探す。
「……あー、いや。楽って意味」
「ふーん。ま、悪い気はしないけど」
そう言って鼻を鳴らしたカナの横顔が、やけに近くに見えた。
俺にとってカナは、ただの友達じゃない。
けど、恋人でもないし、恋愛感情はない
その曖昧さが心地よかった
〇〇
週明け、学食で昼を食べていると、向こうからカナが歩いてきた。
「お、いたいた」
当然のように俺の隣に腰を下ろして、トレイを置く。
同じ大学だから顔を合わせる機会は多いはずなのに、こうして隣に座られるだけで、不思議と「帰ってきた」みたいな感覚になる。
「ゼミのレポート進んでんの?」
「いや、まだ。てかカナこそ」
「……私も。お互い終わらせないとマジで詰むな」
そう言って笑うカナの横顔を見ながら、ふと思った。
彼女と付き合っていた頃より、こうしてカナと馬鹿話してる方がずっと自然で、楽だって。
たぶん俺たちは、お互い同じことを感じていたと思う。
友達の顔をしながら、けれど異性としての心地よさもある
俺は敢えてそれを言葉にしないまま、曖昧な場所に居続けようとしていた。
〇〇
神保町にある有名なカレー屋。
カレーマニアというわけでない俺が、そこに足を運んだ理由は「カナがバイトしてる」と聞いたからだった。
夜ご飯にはまだ早い微妙な時間だったからか、店内の人はまばらですぐに入れたし、1人で4人用テーブルを陣取れた
しばらくすると、厨房の奥から制服姿のカナが現れる。
「あ、なんだ。ほんとに来たんだ」
素っ気なく言いながらも、口元が少し緩んでいるのを見逃さなかった。
「いらっしゃいませー」と店の客に向かって声を張るカナは、普段大学で見せる姿とは少し違う。
テキパキと注文を取って、器用にトレーを運ぶ。
なんかすげえな。仕事できそうというか。
「はい、お待ちどうさま」
スパイスの効いたカレーがテーブルに置かれ、思わず箸……じゃなくてスプーンを手に取る。
けれど、そのあとすぐにカナがもう一度やってきた。
手にしているのは、注文していないメロンクリームソーダ。
「……え、これ頼んでないけど」
「サービス。感謝しな」
ストローを突き刺し、胸を張ったカナの顔は見事なドヤ顔だった。
その表情が可笑しくて、思わず吹き出してしまう。
「なに笑ってんのよ」
「いや、だって……すげえドヤ顔してるから」
「うっさい。サービスなんて滅多にしないんだから、有難く飲め」
カナはそう言い捨てて、くるりと背を向けて厨房に戻っていった。
俺はスプーンでアイスをすくいながら、思う。恋愛対象とかそういうのじゃないけど……やっぱりカナは、俺にとって“ちょうどいい存在”なのだ。
「…うめぇ」
❺最終話に続く



