カタカタカタカタカタ…ッターン!
僕はいつも通り、自分のデスクで仕事をしていた
メールや報告書の文章を打ち終わると、ドヤ顔でエンターキーを押してしまうのは何故だろう
あんまりやりすぎると迷惑なので意識的にキーボード音を鳴らさないようにしているのだが、気を抜くとこれだ
PC作業も最初に比べるとだいぶ様になってきて、基本的な動作は難なくこなしている
入社して間もない頃「今の自分、社会人やってるって感じするな…!」などと意味不明なことを考えていたのが懐かしい
大学生の時に暇潰しで習得したタッチタイピング技術だったが、まさか活かせる時が来るとは
…まぁ、ミスタイプが結構多いんだけれど
「篠宮くん」
僕を呼ぶ声がして、顔を上げるとそこには課長の姿があった
若くして課長というポジションに就いた彼女は、会社からかなり評価されている
有能で仕事ができるんだろうなと、入ったばかりで何も知らない僕でも察することができた
「はい」
簡潔に返事をして課長の言葉を待つ
「大丈夫? 目、死んでるよ?」
僕は昔から目に光が灯っていないだとか、目が笑ってない等と周りからよく指摘されていた
「あ、本当ですか?よく言われるんですよね」
正直、言われ慣れているとはいえ少し傷ついた
仕事に懸命に取り組んでいて、そんな自覚はなかったので
「目に覇気がないような、そんな感じ。もっとギラギラしてこ!」
「ギラギラ…ですか」
「そうそう、やる気を出す感じ」
どうやらやる気がないように見えてしまったらしい。僕は必死に弁解した
「やる気ならめちゃくちゃあります!目は生まれつきなんです!」
身振り手振りで熱弁する僕。何でこんなに必死なのかわからない
「そっか、ごめんごめん」
課長は新入社員の地雷を踏んでしまったと察したのか「今のは気にしないで」と言葉を添えてくれた
「仕事はどう?」
「そうですね。毎日新鮮なことばかりで、やりがいもあって楽しいです」
評価を下げられたくないので、無意識に綺麗事を並べ立てていた。これは中々模範的な新入社員じゃないか?なんて心の中で自分を褒め称えた
「本当に~?それがずっと続けばいいね。ちなみにあたしはずーっと仕事辞めたいと思ってるけど」
しかし、返ってきたのは予想外な言葉だった
「えっと…そうなんですか?」
それはバリバリ仕事をこなす敏腕課長からは想像もつかない台詞だったのだ
その気持ちわかる!と内心思ったが、素直に言えるはずもなく
愛想笑いで返すしかなかった
「あたしが入社した時はこの部署もかなり小規模でさ、自分合わせて2人だけだったんだよね。
だから新卒入社して分からないことだらけなんだけど、仕事はわからないじゃ済まされなかったから」
「あー…それは大変そうですね…」
新入社員として研修を受けている自分からしたら、想像も絶する過酷さだなと思った
「篠宮くんは定年までこの会社続けるつもりなの?」
「えっと…多分、そのつもりです」
本当は定年まで会社勤めを続けたくなかったが、誰が聞いているかも分からないので無難に答えておいた
「そうなんだ。ていうか男の人って大変だよね~。女の人なら結婚や出産を機にやーめたって出来るけど、男はそうじゃないじゃん?」
「たしかにそうですね…」
別に男だって辞めたければ辞めれるんじゃ…と内心思ったが、女性の方が辞めやすい風潮があるのも事実だなと共感していた
「篠宮くんって今何歳?」
「23ですね」
「定年までってことはあと40年くらいでしょ?自分が今まで生きた年数の倍以上この会社に勤めるってことだよ?やばくない?」
僕が散々考えてきたことを言語化して叩きつけてくれる課長。僕にやる気を出させたいのかそれともやる気を削ぎたいのかどちらなのかよく分からない
「そう考えるとキツイですね…そりゃあ僕の目も死んじゃうわけですよHAHAHA」
なんとなく自虐してみたら、思わぬ伏線回収がされたようだ
「ごめんってば、それは気にしないで」
定年まで勤めることを考えたら、目に光が灯らないのも必然なのかもしれない
おわり
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