二十七歳、会社員。妻あり子はなし。年収は数百万。
——この一行で要約できてしまう己の輪郭に、どこか味気なさを覚えながらも、
「現状さえ維持できれば十分だ」
そう自らに言い聞かせ、辛うじて平静を保っている。
“人生は一度きりだ” “気づけば終わる”
と、これまで幾度も耳にしてきた言葉たちが、最近になって急に実体を帯びはじめた。
日々は容赦なく速度を上げ、やるべきことに追い立てられているうち、
気づけばまた一日が終わっている。
大層なことを成したわけでもないのに、
まるで老練な旅人のように嘆息してみせる自分がおかしく、
ふと書きつけてみれば、途端に恥ずかしくなる。
誰もが同じように日々を過ごしているというのに、
いまさら何を気取って俯瞰してみせているのか。
自分の滑稽さに目を背けたくなる。
——四月に転職して、七ヶ月半。
思うところは多い。
世の道理として、何ごとも万事うまく運ぶなどあり得ない。
とはいえ転職してよかったことは、驚くほど単純だ。
給与が上がった。それだけは確かで、疑いようがない。
人は金を得るために働く。
ならばこれは正しい選択だったのだろう。——そう理屈では思う。
だが、現実は静かに牙を向ける。
ここ最近、毎日三時間の残業。
先月の総残業時間は六十五。
二十一時過ぎに帰宅し、シャワーを浴び、買い物を済ませ、洗濯をし、料理をし……
朝は六時に家を出る。
そんな生活が日々、淡々と積み重なる。
見通しが甘かったのだろうか。
——いや、私は後悔していない。認めてはならない。
これが自分で選んだ道だ。
大企業でキャリアを築くのだと、
己に向けて放ったあのキラーパスは、
はたしてこれからの自分を、どのような形へと導くのだろう。
まだ答えはない。
ただ、歩み続ける足音だけが、静かに夜気へしみていた。

