※この物語はフィックションです。実在する団体・人物とは関係ありません

前回❷の続きです
必要なときに声をかければ、なんとなく会って、それなりに楽しい時間を過ごして
深く干渉しすぎることもなく、けれど完全な他人には戻らない。
そういう、心地よくも危ういバランスの上に、俺達はいたんだと思う
たとえば、大学の講義のあとに寄るカフェ。
テーブルの向かいでカナはスマホをいじりながら、俺にだけ聞こえる声でぽつぽつと話す。
「私の入ったゼミがめんどくさいとこでさ。教授は厳しいわ、レポートたくさんあるわ。ゼミ生はみんな学歴コンプで他大学編入目指してるわできっつい。ゼミ選びミスったわほんと」
そう言って、わざとらしくため息をつく。
きっとカナにとっても、俺との時間は「素を出せる余白」だったんだと思う。
たまにカラオケしたり、アニメの話をしたり、飲みに行ったり。
会わない日でもLINEでチャットしたり
『カナは今日何してた?』
『んー、家でアニメ見てた。てかさ、あんたってほんとヒマだよね。いつもLINE返信早いし』
『ブーメランでワロタ m9(^Д^) 』
『テメェぶっ飛ばすぞ』
俺たちはお互い恋人がいなかったけど、一人で居られるほど器用でもなかった
だから、ちょうどよかったんだ
少し距離があって、少し近くて
求めすぎず、突き放しすぎず
俺にとってカナの存在は好都合だったし、おそらくカナにとっても同じだった。
〇〇
夕方、池袋駅東口の信号前
休日なのにどちらともなく「今日、暇?」とLINEを送り合って、なんとなく会う流れになった。
「なんかさ、わたしたちって毎回ノリが雑じゃない?」
そう言いながら現れたカナは、大きめのパーカーに細めのジーパンスタイル。
ラフなのは相変わらずだけど、ダボっとしたパーカーが、男が着るのとは少し印象が違くて、目が合った瞬間なんとなく視線を逸らしてしまった。
「いいじゃん。雑でも成立してるなら、それで」
「それ“雑なやつ”の言い訳じゃん」
皮肉っぽく笑いながらも、カナは俺の横に自然に並ぶ。
どこへ行くかは特に決めてない。けど別に困らない。
それが俺たちの日常だった。
歩きながら今期アニメの話をしたり、大学やバイトの愚痴をこぼしたり。
時々沈黙があっても、気まずくはない。
「……あんたってさ、他の女の子ともこういう感じなの?」
ふと、カナが言った。
何気ない風を装っているけど、目線は前のままで。
「いや、別に。てか、カナだからじゃない?こういうの成立すんの」
「ふーん……なるほどね」
そう言って笑ったカナの横顔は、ちょっとだけ嬉しそうで、ちょっとだけ寂しそうだった。
〇〇
「へぇ、そうなんだ。やったじゃん!」
俺に彼女ができたことを報告したとき、カナは少し大げさに喜んでみせた。
付き合うことになった彼女は、たまたま同じ講義を隣で受けていた子。グループワークすることになりLINEを交換して、約3回のデートを経て交際することになった。
「すごいじゃん、ついにあんたにも春が来たね」と軽口を飛ばす。
「……あー、私も彼氏ほしいなぁ」
カナはお決まりの台詞を呟いた。
いつも言っていたはずのその一言が、やけに心に残った。
いや、見て見ぬ振りをしていた。
〇〇
最初は彼女ができたことが嬉しくて舞い上がった。一緒にご飯を食べたり、水族館に行ったくらいだったが
だけど、会話も、テンションも、服装も、相槌さえも気を使う。本当の自分を見せられない
彼女は俺がアニメ好きだとか、バドミントンをやっていたとか、何も知らない。話していないからだ
なんだか合わないな。疲れるなー。そう思い始めた2ヶ月後、別れは静かにやってきた。
別れたその夜、理由もなくスマホを開いて、カナのアイコンを探した。
この2ヶ月間は稀にLINEするくらいで以前のように会うことはなくなっていた。
『彼女と別れた』
短く送ったメッセージに、カナはすぐ既読をつけて、すぐ返してきた。
『そっか、……おつかれさま』
一言、それだけだった。
でも数分後にもう一通。
『じゃあさ、遊びに行こうよ』
その一文に、俺は救われた気がした。
❹に続く
